[唐物百合香炉(釣)]
薮内10代 休々斎識(1840〜1917)78才で没
中国西江鎮洋桃村。裾(すそ)の長い着物を身につける長裾苗(ミャオ)族が居住する苗寒(村)は1381年、明の洪武帝が中国統一後、西南地域の小民族を更に南の高原地帯、貴州や雲南に移らせた。この貴州の苗族を象徴する「蝶」の銅器の釣香炉は600年以上前のものと思われます。2000年位まで弥生時代様の生活が続けられていて、一種俗化しない桃源郷でもあったのです。
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薮内10代 休々斎識(1840〜1917)78才で没
中国西江鎮洋桃村。裾(すそ)の長い着物を身につける長裾苗(ミャオ)族が居住する苗寒(村)は1381年、明の洪武帝が中国統一後、西南地域の小民族を更に南の高原地帯、貴州や雲南に移らせた。この貴州の苗族を象徴する「蝶」の銅器の釣香炉は600年以上前のものと思われます。2000年位まで弥生時代様の生活が続けられていて、一種俗化しない桃源郷でもあったのです。